国産バネ工業株式会社

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国産バネ80年のあゆみ

1953

昭和28年

■戦後28年当時は、空気銃用バネの製造販売に主力をおき、性能・価格共に好評を得て日本全国の鉄砲メーカーの需要を一手に引き受ける。 以来一貫してバネと共に歩み70年今日の礎となり、製品開発・品質を追求し、原価低減を目標に取組む。
空気銃・空気銃用バネ製品

1955

昭和30年

■三菱電気(株)無線機製作所様とお取引開始。 ラジオ・テープレコーダー・ラジオカセット等の各種バネの製作依頼を受け、初めて民生機器用に取組む。
カセットテープレコーダー・各種バネ製品

1958

昭和33年

■同製作所にて初期カラーテレビ「高雄」生産にあたり線バネ、板バネ、プレス加工品等、金属製品の生産を一手に引受させて頂いた製品群の内プリント基盤に使用されるピン端子、月産5,000千個の生産に着手。

 

当時の取組み(技術開発と製品について)

当時、空気銃は許可制度でなく誰でも町の鉄砲屋又は運動具店で買う事ができました。構造的にすべての空気銃はバネ式で材料がよくなかったので、折れ、ヘタリが生じ取替品としてよく売れました。
しかし、何とか少しでも解決法がないかと試行錯誤の結果、鉛を溶解し流動浸漬法で熱処理(テンパー)を施す事により表面に鉛が付着し接触抵抗が良く耐久性も向上しました。