国産バネ工業株式会社

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国産バネ80年のあゆみ

1959

昭和34年

■資本金300万円にて国産バネ工業株式会社と法人組織変更。

■日本に数台しか導入されていない米国NILSON社製フォースライドマシンの導入により、家電、AV、機械器具等に使用される板材、線材加工品は自動成形が可能となり、更に販路拡販を目指す。

■広島駅前田村ビルに広島営業所開設、初代所長に故木村政義氏就任。

1960

昭和35年

■市場拡大に伴い生産設備増設の為、大阪府と兵庫県の境神崎川の流れるふもと大阪市淀川区加島町971番地に加島工場を建設、操業開始。 金属製品の総合メーカーを目指す。
加島工場

1961

昭和36年

■熱間成形コイルバネの生産開始。主に車輌用として阪急電車殿、京福電鉄殿及び鍛圧機メーカー殿へ最大線径φ75の太物バネを納入。
太物車輌用バネ

■コイルバネ全自動巻取機(コイリングマシン)を関西地区では最初に導入し、兵庫、岡山、福山、広島地域の農機具用バネの本格生産に着手。

1963

昭和38年

■AV、家電メーカー殿と共同開発を行い金属製テレビスタンドの生産を開始。
市販品含め月産10,000台を達成。
金属製テレビスタンド

1964

昭和39年

■鋼製家具メーカー(イトーキ、くろがね、イナバ、東洋事務機、太陽様)各位殿の取引開始が可能となり、主にロッカー用網棚を一手に受注。
鋼製家具製品

■兵庫県淡路島に線材加工及びスポット溶接専属工場を3社確保し、月産250,000枚の生産開始。

1966

昭和41年

■中国地方の三菱重工業株式会社様・株式会社神戸製鋼所様・東洋マツダグループ様・リョービ株式会社様とのお取引により、広島市安佐郡安古市町に広島工場を建設し、広島営業所を移転し操業、広島支店として拡充する。

1968

昭和43年

■資本金600万円に増資。
櫨山繁氏代表取締役に就任、櫨山博氏専務取締役に就任。

当時の取組み(技術開発と製品について)

コイルバネ全自動巻取機(当時阪付機械第1号機)を導入し機械メーカーも立合って何日も費やしトライしました。しかし、なかなかコイルバネの成形加工ができず、やむを得ず自社で一旦機械を解体し、機械構造を理解し、元へ復帰させる方法をとり、いち早く操作が可能になりました。ただ肝心部の曲げダイス、ツール等の材質が今日ほどの物がなく製品にバラツキを起す為、硬い材質を部分ロウ付けして成形の安定化を図りました。